創の消毒について

2020年1月28日

 最近まで私たち外科医は手術を受けられた患者さんの創部を毎日熱心に消毒液を用いて消毒をしていました。擦り傷や切り傷の患者さんに対しても毎日外来で消毒を行ってきました。また、消毒しないと「創を消毒してください」と患者さんから注文されたり、「なんで消毒してくれないの?」と文句を言われることもありました。
 しかし、最近これらの消毒の多くは不要であると言われています。1982年にはすでに創部に対してイソジン含有液(消毒液)がいかに危険でメリットがないものであるかが報告されています。消毒液は組織を障害するという文献も多く発表されていますし、アメリカ厚生省公衆衛生局が出したガイドラインには、創面にはあらゆる消毒液を使用すべきではなく、生理食塩水による徹底した洗浄を行うべきであると記載されています。ではなぜ私たち日本の外科医は人体に対して毎日消毒をしていたのでしょうか?おそらく、外科医になったときに先輩医師が行っている行為を見、それを何の疑問も持たずに、消毒行為が感染を防ぐ、あるいは創部の化膿を防ぐため、絶対必要であると信じ込まされた?ためであろうと考えます(反省しています)。術後の感染予防のために、あまり考えずに大量の抗菌剤を投与したため、それも一因となり、MRSA感染症が問題となったことは多くの医療関係者は記憶していると思います。そのため、現在は術後の感染症予防に対する抗菌剤の使用についてはどこの医療機関でも慎重になっており、当院でもマニュアルが作成されています。人体に対する消毒行為も、抗菌剤と同じように経験だけで行われてきましたが特に重症化や死亡とは結びつかなかったため、長年漫然と繰り返されたと考えます。
 創傷治癒の面からみると、一次縫合された手術創は48~72時間で創面が接着し、閉鎖します。よってその後は手術創を消毒しても意味はないことになります。また、創が閉鎖されると浸出液が出なくなるため、創のガーゼは必要なくなります。消毒液で皮膚以外の部位を消毒すると創傷治癒反応が障害され、壊死の発生、不良肉芽・痂皮の形成を促進し、創傷治癒が遅延されます。以上の創傷治癒過程から考えると、縫合術後に吸収パッド付き閉鎖ドレッシング材により創を被覆し、24~72時間後にそのドレッシング材を剥がし、創を観察し、感染兆候がなければ以後も創部の消毒は不要で、ドレッシング材も必要ではないことになります。もし患者が創を被覆しないことに抵抗を持つようであるならば透明なフィルムドレッシンゲ材で被覆し、抜糸まで剥がさず、毎日創の観察をするということでいいでしょう。術後手術創感染の原因のほとんどは術中の手術操作にあるので、術後の管理いかんで手術部位感染(SSI; Surgical Site Infection)が発生する危険性はほとんどないということがわかっています。術後の処置の不良で起こる唯一の感染はドレーンの逆行性感染と考えられますので、ドレーンの管理には注意を払う必要があります。
  考えてみるとわれわれ外科医が日常行っている消毒とは、術後創部の消毒、外傷の処置前後の消毒、手術前の術野の消毒、尿道バルーンの挿入前の局部の消毒、CVカテーテル挿入のための皮膚消毒、腹部手術中の消化管切断端の消毒、など、さまざまなものがあります。それではこれらすべての消毒行為が不要ということになるのでしょうか?よく考えてみると、手術前の術野の消毒とCVカテーテル挿入のための皮膚消毒くらいが本当に必要であると思われます。
  以上のように、創の消毒を行なわない(必要な場合のみに施行する)ことは、患者にとってメリットとなるばかりではなく、その時間を別の処置に費やすことができるという医療従事者側にもメリットとなります。

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 最後に、消毒に対する新しい情報を紹介しましょう。
平成17年2月1日医療法施行規則が一部改正され、手術時の手洗いに用いる水については、最新の科学的根拠に基づき検討した結果、水道水と滅菌水とで手洗いの効果に有意差が見られないことから、管理された水道水で十分であり、滅菌水の使用は必須ではないことが明記されました。また、ノースカロライナ大学の先生が大規模な手洗い用製剤比較試験を行った結果、せっけんと流水による手洗いが最も有効であると報告されました(American Journal of Infection Control 33: 67-77, 2005)。以上のように、日常診療の場では最も簡単にできる方法である流水による手洗いをもっと医療従事者は実践すべきであると考えます。