緩和医療

2020年1月28日

わが国における緩和医療の現状

 わが国における緩和ケア病棟は、聖隷三方原病院に最初にホスピスが設立された1981年から23年を経て、2004年10月1日現在、公認のホスピス・緩和ケア病棟は138施設、2608床になった。1990年に緩和ケア病棟入院料が新設されるにあたって、緩和ケア病棟の設置基準には、設備に関することが主であり、職員の人員に関して、「患者1.5人に対して看護師1人以上」、「病棟に緩和ケアを担当する医師が常勤していること」ということが挙げられているにすぎず、人員やケアの面から質を保証することについては特別な基準はない。今までは数(量)を増やすことに重点が置かれていたが、これだけの施設が設立されるとその中身(質)が問われるようになってきた。実際、厚生労働省は2002年度から設置基準に「第三者評価を受けること」という新しい項目を加えた。日本医療機能評価機構の付加機能評価として「緩和ケアモジュール」が組み入れられることになった。2004年11月時点での緩和ケア機能評価への申し込み数は4病院、うち審査未実施が3病院、認定が1病院であるが、今後は増加していくと思われる。
 わが国ではがんによる死亡者数は年間30万人を超えている。緩和ケア病棟が増加した現在でも、がん患者の数%をカバーしているのにすぎず、多くのがん患者は、いまだ一般病棟で最期を迎えている。では、わが国の終末期医療の現状とはどうなっているのか?
 「終末期医療に関する調査等検討会」が一般国民、医師、看護職員、介護施設職員の計13,794人を対象として実施した意識調査が2004年7月に報告書としてまとめられたので、その内容を以下に紹介する。

 終末期医療については、一般国民、医師、看護職員、介護施設職員それぞれで、年齢によらず、関心が高いという結果が得られている。
自分が直る見込みがない病気に罹患した場合に、病名や病気の見通し(治療期間、余命)について知りたいと回答した者の多くは、担当医師から直接説明を聞きたいと考えており(一般国民92%、医師98%、看護職員98%、介護施設職員96%)、医師、看護職員、介護施設職員の過半数は治療方針の決定に当たって「患者本人の意見を聞く」「患者本人の状況を見て誰にするか(意見を聞くか)を判断する」としている(医師71%、看護職員88%、介護施設職員63%)。この結果は、病名や病気の見通しは患者本人に説明し、治療方針を決定するに際しては、患者本人の意向を中心にすることが医療関係者の基本となっているものといえる。
 今後は、医療は患者が選択し参加するものであるという意識が一層進むことが考えられることから、患者、その家族と医療関係者が十分に対話を行い、信頼関係を構築し、患者自身の選択や主体性が十分に尊重されるようにすることが重要であると考えられる。
自分が痛みを伴う末期状態(死期が6カ月程度よりも短い期間)の患者になった場合には、単なる延命医療をやめることに肯定的である者が多く(一般国民74%、医師82%、看護職員87%、介護施設職員83%)、その多くは、単なる延命医療を中止するときに、「痛みをはじめとしたあらゆる苦痛を和らげることに重点をおく方法(緩和医療)」を選択し(一般国民59%、医師84%、看護職員83%、介護施設職員75%)、「あらゆる苦痛から解放され安楽になるために医師によって積極的な方法で生命を短縮させるような方法(積極的安楽死)」を選択する者は少なかった(一般国民14%、医師3%、看護職員2%、介護施設職員3%)。痛みを伴う末期状態となった場合、一般国民は単なる延命医療をやめることには肯定的であるが、その場合でも積極的な方法で生命を短縮させる行為は許容できないというのが、一般国民の間でほぼ一致していると考えられる。
 リビング・ウィル(書面による生前の意思表示)の考え方に「賛成する」に回答した者は過半数となっており(一般国民59%、医師75%、看護職員75%、介護施設職員76%)、書面にする必要はないが、「患者の意思を尊重するという考え方には賛成する」者を含めると、治る見込みがなく、死期が近い時の治療方針に関し、国民の多くは、患者本人の意思を尊重することに賛成している(一般国民84%、医師88%、看護職員89%、介護施設職員87%)。しかしながら、書面による本人の意思表示という方法について、「そのような書面が有効であるという法律を制定すべきである」とする国民は、半数を下回っている(一般国民37%、医師48%、看護職員44%、介護施設職員38%)。この調査結果では、現状においてはリビング・ウィルを法制化することに、国民の多数の賛成は得られていないとしても、リビング・ウィルという考え方には多数の国民が賛成していることが伺われる。何らかの形で自己の終末期医療について意思を表明した場合、その人の意向は尊重されることが重要であり、この考え方は医療現場に定着していくものと思われる。
 終末期において、事前に患者本人の意思が確認できない場合、患者本人の代わりに、家族や後見人が治療方針などを決定する(代理人による意思表示)という考え方には、過半数の者が「それでよい」、「そうせざるを得ない」と回答しており、肯定的である(一般国民57%、医師67%、看護職員62%、介護施設職員60%)。患者の意思は状況に応じて変化するため、意思確認は何回も繰り返し行うことが必要である。また、医師などの医療関係者と患者との間に日頃から信頼関係が構築されていることが、終末期において、患者の意思に沿った医療の基本となるので、医療関係者は患者との信頼関係を築く努力をすべきである。
 終末期において、延命のための医療行為を開始しないこと(医療の不開始)や、行っている延命のための医療行為を中止すること(医療の中止)に関して、どういう手順を踏んで決定するのが妥当なのか、どのような行為が合法なのか判断基準が明らかでなく、医師が悩む場面が多いと報告されている。他方では、患者本人の意思と家族のそれとが一致しているかが問題となることもある。自分が痛みを伴う末期状態の患者になった場合、「単なる延命医療はやめるべきである」という回答(一般国民21%、医師34%、看護職員25%、介護施設職員21%)に比べ、自分の患者または家族がそのような患者になった場合に「単なる延命医療はやめるべきである」という回答(一般国民12%、医師19%、看護職員13%、介護施設職員11%)の方が少なくなっている。患者本人は、早く苦痛から解放してほしいが、家族は単なる延命医療の継続を選択する傾向があるということを示しており、患者本人の意思と家族のそれとが必ずしも一致しないことが医療現場での葛藤を生み出していると考えられる。
終末期医療に対する社会的コンセンサスは今後ますます重要な課題となっていく。終末期における望ましい医療の内容は、医師の裁量に関わるので、基本的には、専門学会、医療機関等が協力してガイドラインを作成し、法律家、生命倫理の専門家などの有識者を交えた上での国民的議論が必要であると考える。
 自分が痛みを伴う末期状態(死期が6カ月程度よりも短い期間)の患者になった場合、多くの一般国民は、自宅療養をした後で必要になった場合には緩和ケア病棟または医療機関に入院する(一般国民48%)、あるいはなるべく早く緩和ケア病棟または医療機関に入院する(一般国民33%)ことを希望している。一方、自宅で最期まで過ごしたいという人は少ない(一般国民11%)。がんの末期では、最後の1,2カ月に患者の苦痛が強くなり、患者、家族への負担が増すことが多いことから、最期まで自分らしい生活をできるよう、早い時期から、心のケアを含めた必要な医療や介護を適切に行うシステムを構築することが望ましい。
 さて、「WHO方式がん疼痛治療法」について、内容を知っている医師、看護職員の割合は、前回の調査より少なくなっており(医師43%、看護職員20%)、介護施設職員の69%はそのような治療法があることすら知らないという状況である。
緩和ケア病棟においては、「WHO方式がん疼痛治療法」について、内容を知っている医師、看護職員の割合(医師92%、看護職員88%)は、その他の病院、診療所等(医師41%、看護職員17%)に比べて多く、モルヒネの有効性と副作用について患者にわかりやすく具体的に説明することができる医師、看護職員の割合(医師97%、看護職員76%)も、その他の病院、診療所等(医師40%、看護職員17%)に比べて多くなっている。がん性疼痛治療をはじめとする緩和医療は、緩和ケア病棟に勤務する医師、看護師だけが提供するものではなく、がん医療を行うあらゆる領域で必要とされるため、「WHO方式がん疼痛治療法」、「モルヒネの使用に関する知識、技術」などをあらゆる医療現場に周知していくことが必要である。
 終末期医療体制を充実させるためには、医師、看護職員、介護施設職員とも、(1)「在宅終末期医療が行える体制づくり」、(2)「緩和ケア病棟の設置と拡充」、(3)「患者、家族への相談体制の充実」、(4)「医師・看護師等医療従事者や、介護施設職員に対する、卒前・卒後教育や生涯研修の充実」、を挙げており、今後これらの施策を進めていくことが必要である。

 以上の内容は、「終末期医療に関する調査等検討会」(座長:町野朔 上智大学教授)の報告書から抜粋したものである。詳細について知りたい方は、厚生労働省のホームページをご覧ください。