硫化水素

2020年1月28日

硫化水素中毒について

 複数の洗剤や入浴剤などを混ぜて有毒な硫化水素を発生させ、自殺する事件が相次いでいます。インターネット上には、「苦しまずに死ねる」という文言とともに具体的な方法が紹介されているとのことです。硫化水素は工場や温泉地でも発生するものであり、その中毒は、事故の件数に比べて死亡者の割合が高いのが特徴で、多くの場合、助けに行った人も死亡するという二次災害がおこることも特徴です。

今回の“もりもり先生のメールニュース”では、硫化水素による中毒についての知識を知っていただこうと思います。

 硫化水素は、空気より少し重い、無色の燃える気体です。卵が腐ったようなにおいがします。金属を精製する時、医薬品を製造する時、製紙工場で古紙を処理する時、製革・接着剤製造・ゴムの加硫などの産業などで使用されています。また、天然には、炭坑、天然ガス井戸、イオウ泉(温泉)などでも発生します。米国産業衛生監督官会議が示す基準は10ppmとなっています。わが国(旧環境庁)では、硫黄泉や鉱泉のある施設に対し、入浴中の中毒事故防止のため、浴槽内の床から70cmの高さで、10ppmという基準を設けています。空中に一度放出された硫化水素は、散乱して結局は取り除かれますが、空中での滞留時間は季節、緯度、大気の状態に依存して1~40日以上に及びます。

 硫化水素は、水に溶けやすいため、人体の粘膜の水分に溶け、そこを刺激します。また、硫化水素は呼吸に関係する酵素と結合しこれを阻害するので、シアン(青酸ガス)とおなじく組織中毒性低酸素症を起こす代表的ガスです。500ppmを超えると、突然に中枢作用が出現し、重症となり、死亡します。硫化水素と症状の関係では、0.05ppmで特有の腐卵臭、0.1ppmで刺激、知覚喪失、50~ 150ppmでは短時間で臭覚が麻痺し、250ppmで結膜炎、流涙、鼻炎、気管支炎、チアノーゼ、肺水腫を呈し、250~500ppmで頭痛、悪心、嘔吐、下痢、めまい、仮死、無呼吸、頻脈、血圧低下、筋肉攣縮、脱力、昏睡となり、500ppm以上では30~60分で呼吸麻痺がおこり死亡となり、800~1000ppmでは一呼吸でほぼ即死します。

 硫化水素の事故は死亡率が高く、多くの事故現場では助けに行った人も死亡するという二次三次の災害が必ずと言って良い程おきています。硫化ナトリウムタンクの清掃作業中に発生した硫化水素中毒(1985年、大阪府)では1人が死亡しましたが、この時、口うつし人工呼吸をしていた人も硫化水素中毒で倒れています。1999年に静岡市の寒天製造工場で起こった事件では、汚泥槽の清掃に入った人が倒れ、助けようとした1人も倒れ、駆けつけた社長も中に入ったところタンク内で倒れ、意識不明となり、駆けつけた消防署員も3人が中毒症状となりました。

  硫化水素中毒に対する 予防策 としては、汚染された衣服を脱がせ、直ちに眼、皮膚を洗浄することが重要です。眼は大量の微温湯で15分以上洗浄し、皮膚は石けんと大量の流水で洗浄します。

治療に関しては、(1)新鮮な空気の下に移送し、対症療法を行う、(2)呼吸・循環器機能の維持管理を行う、(3)特異的治療を行う、の3点です。遅れて(72時間まで)呼吸器系症状が出現することがありますので、症状のある患者はすべて入院させ、平均48時間程度は経過観察することが必要です。症状のない患者は、暴露後6~8時間観察した後、退院させてもいいでしょう。初期に意識不明だった患者の場合は1週間以内に再検査を行い、遅発性の神経後遺症について調べるようにします。

 (1)については、新鮮な空気下に移送し、呼吸不全をきたしていないかをチェックします。暴露された粘膜・皮膚表面は大量の水と石けんで洗い、保温し、安静を保ちます。なお、救助者・医療者は二次災害を避けるために適切な呼吸保護具、保護衣等を使用するようにします。(2)については、直ちに酸素投与を行うことが必要であり、必要に応じては気道確保、100%酸素投与、人工呼吸等を行います。口うつし人工呼吸は避けましょう。低血圧対策として、輸液を行い、それに反応しない場合は、ドパミン(2~5μg/kg/分から開始し、必要なら5~10μg/kg/分に増量する)、ノルエピネフリン(0.1~0.2μg/kg/分で開始し、血圧を維持するようにする;維持量は2~4μg/kg/分)を投与します。気道刺激が強い場合は、暴露後24~72時間後に肺水腫が出現することがありますので、動脈血ガスをモニターする必要があり、胸部X線検査も行います。感染症が明らかな場合にのみ、抗生物質を使用します。ステロイドの治療効果は明らかではありません。(3)に関しては、亜硝酸塩療法が有効であるという意見があります。酸素投与によっても症状が改善しない場合には高圧酸素療法が有効なことがありますが、特別な装置が必要であり、一部の病院でしか実施できないという問題があります。